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動物病院ニャンコ回想録 No.1


高橋 路子

 動物病院では、たいていペットホテルをしています。
 そして、お盆、お正月、ゴールデンウイークともなれば嵐のようです。

 朝から晩まで、掃除、食事においまくられ、しかし、ストレスでまいっている彼らを励ますため、 1日中あちこちの子に話しかけて体はヘトヘト、耳はキンキン、体中ペットフードやウンチの臭いがしみつく、そんな最悪の状況のなか、 私は1匹の猫と出会いました。彼はまだ生後半年で茶ト ラと白の若いオス猫でした。彼を連れてやってきたのは、 若いお父さん笑顔の似合う優しい感じの方でした.「猫を飼いたくてもらってきた子です、1日だけ預って貰えますか?」 彼は猫を飼う のが始めてで、ワクチンの事を知りませんでしたから説明をしてワクチンを打ち、その場でお預かりと なりました。

 しかし、チョロ松と名付けられたその猫の人なつこい明るい性格と美しいコートは、その子がと ても大事にされている のを物語っていました。初めての所で不安がったチョロ松が大きな声でニャーニャーと泣き続け、疲れてウトウトし始めた次の日の夕方、 チョロ松はそばにいる私にはっきり聞こえるほどゴロゴロいいながら、お父 さんに大事に抱えられ家路につきました。

 同じ日の同じ頃、入院棟で息を引き取った猫がおりました。その子は、激しい嘔吐とひどい血便を休むことなく繰り返し体力を消耗しきっていました。その子はパルボウイルスに冒されていました。パルポウイルスは伝染力が非常に強いうえ感染すると劇症の腸炎を起こし白血球が減少していく恐ろしい伝染病で、その昔まだワクチンが開発される前にはキャットファンシーの世界でも猛威をふるい感染したり、感染を恐れたブリーダーなどでキャットショーが開催できないほどだったと聞きます。

 獣医師の中には、毎日並ぶパルボに感染した猫の長蛇の列で大忙しになり「パルボ御殿」や「パルポベンツ」などの噂がのぼりました。

 さて、チョロ松が帰って2日目‥あのお父さんがチョロ松を連れてきました。少し熱っぽく元気がないというのです。すぐ、入院棟で点滴を始めチョロ松の治療が行われました。しかし、容体はどんどん悪化し続け、とうとう血様便をし始めました。

 症状は明らかにパルポですが、亡くなった猫との接触など無論あり得ません。しかしウィルスは人の見えないところで確実に伝染していくのです。どう考えてもチョロ松は院内感染と思われました。

 しかし、院長は事実を一切ふせて「今までワクチンをしていなかったので、ホテルに連れてくるときに感染した可能性が高いです」と告げたのです。 1週間後、チョロ松のクリクリした大きな目は閉じられ、お父さんは声をころしていつまでも泣いていました。自分がワクチン接種をしていなかった事でチョロ松が亡くなったと自分を責めながら・・・

 まだ、AHT1年目の新米だった私は、自分の力のなさや納得行かない病院の対応、チョロ松のお父さんの悲しみ、そして、それらを起こした悲しい偶然を考え家に帰ってひっそり泣きました。

 2ケ月後‥・あのお父さんが笑顔で入ってきました。
 ぴっくりしている私に「ワクチンをお願いします。チョロ松には私の勉強不足で、とてもつらい思いをさせました。今後はすべてキチンとやってあげたいのです。この子、チョロ松が亡くなった頃に生まれたそうで‥・名はチピ松です。」そう言ったお父さんの胸の中には、大きな目をした仔猫がのぞいていました。

 そして、またひとつ患者さんから勇気を頂きました。

1999-2000Winterより


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