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動物病院ニャンコ回想録 No.2
高橋 路子
3月に入り気温も暖かくなりだしたある日、私は一年前の悲しいお別れをふと思い出しました。
彼の名はブリ、チンチラシルバーの男の子で昨年の3月に天国に召されました。
病気ではあったものの、幸せな、それは幸せな最後でした。彼との出会いは、10年前勤めていた病院に、まり子さんとい うお姉さんと一緒に来院してきたのが始まりでした。それからしばらくしたある日、ブリは「おしっこが出ない」と来院してきました。そう、ブリも例外にもれずというか…かのFLUTD(猫の下部尿路疾患)になってしまって真っ赤な血尿をポト
リ、ポトリとたらしています。私がチンチラを飼っている事と、ブリが痛い治療も我慢するおとなしく従順な性格だった事、 飼い主のまり子さんのブリへの愛情がうまく調和して、その後病院を辞めた後も含め10年もずっと信頼できる関係が
続いたのですが、この来院後も、ブリが体質的にFLUTDを起こし易い事が災いし、まり子さんの献身的看護や日々の 食事管理にもかかわらず、色々とまり子さんに苦労をかけました。
TCCのメンバーであり、猫を愛する皆さんはご存知の通り、FLUTD(以前はFUSといわれていました)は動物病院の来院数のなかでもベスト5に入る程、非常に多い病気です。(よく言う尿管結石や尿閉などですね)実際に経験した
り幸い思いした方も多いと思います。
話は戻り、ブリの生い立ちでも話しましょう。 初めて来院した時、彼は3才になっていました。聞けば赤ちやんの時下痢をし易い体の弱い子で、お尻が汚れるからという理由だけで、あちこちタライ回しにあったそうです。そして3才になったブリは縁あってまり子さんの所へ来たのです。
そして彼女はとても彼を可愛がり、いつもスミッコでビクビクしていたブリもいつの間にか人を信頼し、甘ったれの猫に なってました。尿閉で入院したブリはそんな心配するまり子さんに答える様に、尿道カテーテルを通し、点滴の針を腕
に付けてもおとなしく治療に協力してくれました。
そして退院後、病院用処方食を定期的に取りに見えるまり子さんの笑顔を私も心待ちにする様になっていました。
そんな楽しい日々があっという間に過ぎ、ブリも歯石をとる年齢になっていました。もう13才です。
ある日の年の瀬、それは突然やってきました.「ブリがご飯を食べなくて、病院で検査をしたら慢性腎不全といわれて..」電話の向こうでまり子さんの声が奮えているのが私にもわかります。聞けば腎臓の機能を示すBUNの数値がぴっ
くりする程上がっています。もちろん、私にも慢性腎不全が治る病気ではなく、進行を遅らせるのが精一杯な事は解っていたので、食事、生活環境、検査や治療法など知り得る事は全てアドバイスしたのです。
そして、まり子さんはその全てをこなしたのです。本当に頭の下がる思いでした。 しかし、それに答えるには、ブリの腎臓は、もう限界だったのです。
闘病から3ヶ月目の3月のある日、まり子さんから最後を告げる電話がありました。私も何年も会っていなかったブリ に最後に会う為、お宅へ伺いました。常に励ます立場としてペットロス症候群を考えていたつもりでしたが、ブリを前に
涙があふれ、一言、二言の励ましが精一杯の私にまり子さんはリンとして「ブリにしてあげる事は精一杯やってあげら れたから何も悔いはないんです。」キッパリ語ったその横顔は悲しみに打ち勝ってブリヘの愛情で溢れていました。
そして、ポツリと「実は今年の10月に結婚が決まって、もしかしたらブリは自分から彼とバトンタッチをしたのかもしれません。」
半年後、祝福する人がにぎわう結婚式場の受付には、2人の仲むつまじい写真の中央にブリの写真が飾られていました。幸せをいっぱいもらったブリは、今、天国でまり子さんの幸せを見届けていることでしょう。
2000Spring-Summerより
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